危険キケンって言うだけなら自分に責任がかえってこないから楽でいいですね

何これ。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20121219-00000301-jisin-soci

発達障害児の“急増”の原因について、脳神経科学者(元東京都医学研究機構神経科学総合研究所参事研究員)の黒田洋一郎さんは次のように語る。

アメリカでも日本でも、発達障害環境化学物質汚染の関連性が研究され始めています。とくに原因として注目されているのが、有機リン系農薬やPCB(ポリ塩化ビフェニール)などの脳に有害な神経毒性物質です。妊婦や胎児が汚染され、結果的に子供の脳の神経回路が正常に発達せず、行動異常を引き起こすのではないかと推測しているのです」

‘10年、アメリカのハーバード大学などの研究チームが、有機リン系の農薬を低濃度でも摂取した子供はADHDになりやすいことを小児学会誌に発表した。ただし、人間の脳の仕組みは複雑きわまりなく、農薬と発達障害の因果関係を厳密に証明するためには長い年月が必要だと黒田さんはいう。

「だからといって”危険な農薬”を使い続ければ、発達障害児は今後も増加していくでしょう。それを防ぐためには、まず農薬の使用量を減らし、空中散布をやめること。農薬が含まれている家庭用殺虫剤の使用も極力避けるべきです。特に妊娠が予想される女性や子供は、できるかぎり無農薬の野菜や果物を食べてください」

元ネタと思われる論文。
http://pediatrics.aappublications.org/content/early/2010/05/17/peds.2009-3058.full.pdf

ヒトの代謝系は門外漢なので、サンプルの採取時期や体調その他でどの程度のばらつきが生じるものか、などはさっぱり分からないのだけど、table1の幾何平均と四分位範囲、最大値を見る感じだと、かなりのばらつきがありそうだ。

また、そもそも、長期にわたるADHDと、直前の食環境などの「瞬間風速」に大きく左右されそうな尿中の有機リン酸との相関を見るのって、意味あるんだろうか?という疑問もあるのだけど。


さておき、論文のデータから、"尿中から検出される"(摂取量ではない)ジアルキルリン酸の多寡により、実際どれくらいの違いがあるもののかと見てみる。

すると、
ジエチルアルキルリン酸の検出量が10倍になっているとき、ADHDと診断される人数は0.94 倍(95%信頼水準で0.69-1.28)
ジメチルキルリン酸が10倍のとき、1.55倍(0.97-1.51)
総ジアルキルリン酸が10倍のとき、1.21倍(0.97-1.51)
ということのようだ。

確かにリスクは高まってるように思えなくもないけれど、検出濃度が10倍になってようやく1.2倍とか、ジエチルアルキルリン酸だけを指標にするならむしろ下がっていたりとかというのを考えると、この論文をもって「有機リン系の農薬を低濃度でも摂取した子供はADHDになりやすい」というのは、いくら何でも飛躍しすぎだし、脅しすぎではないか。

また、元論文のabstractでジメチルチオリン酸をピックアップして、未検出群に対し高濃度検出群はADHD診断比率が1.93倍(1.23-3.02)などと書いているけれど、いくつもある代謝物の一つでしかないジメチルチオリン酸だけ取り上げる意味がよく分からない。他の物質について、同様の調査結果を載せていないということは、まともなデータにならなかったんだろうか。
それはまあいいとしても、低濃度検出群は1.05倍(0.57-1.95)だというのだから、黒田洋一郎氏はいったいこの論文のどこを見て「有機リン系の農薬を低濃度でも摂取した子供はADHDになりやすい」などといってるのだろう。

正直、こんな乱暴な要約と乱暴な推奨で親を脅し、親自身あるいは(もし近隣農家などへクレームをつけるなどで)周囲にストレスを与えることの方が、よほど問題なのではないだろうか。

追記

このエントリをアップする直前、こんなエントリが見つかった。
http://kurie.at.webry.info/201005/article_14.html

農薬摂取で「子の注意欠陥・多動性障害増える」 米研究
http://www.asahi.com/science/update/0518/TKY201005180194.html
2010年5月18日12時21分
 【ワシントン=勝田敏彦】米ハーバード大などの研究チームが、有機リン系の農薬を低濃度でも摂取した子どもは注意欠陥・多動性障害(ADHD)になりやすいとの研究結果をまとめた。17日発行の米小児学会誌に発表した。
 研究チームは米国の8〜15歳の子ども1139人の尿の成分を分析、親と面接してADHDの診断基準に当てはまるかどうか調べた。
 分析の結果、検出限界ぎりぎりの濃度でも農薬成分の代謝物が尿から見つかった子は、検出されなかった子よりもADHDと診断される可能性が1.93倍になった。
 これまでの研究は、たとえば農村地帯に住む農薬の摂取量が多い人らを対象にしたものだった。チームは論文で「今回のように米国で普通に摂取されているようなレベルでも、農薬成分がADHDの増加につながっている可能性がある」としている。
 農薬成分は農作物に残留したりして子どもの体内に入ったと考えられている。チームのマーク・ワイスコプさんはロイター通信の取材に「野菜や果物は食べる前によく洗ったほうがよい」と話した。
 発達過程にある子どもの脳などは、農薬など神経系に障害を与える可能性がある化学物質に特に弱いと考えられている。農林水産省によると、有機リン系の農薬は日本でも使われている。

もしや、これが黒田氏の元ネタなのかね*1。しかし、ひどい記事だ。

*1:あるいは、この記事を作成する際、黒田氏にアドバイスを求めたとか