ナオキP、その創作の秘密に迫る −−如月千早さんインタビュー(上)

圧倒的な映像美。芸術作品のようにその場の空気を支配する、孤高の世界観。
ナオキPの作品に、なぜ人は引き込まれるのだろうか。
その秘密を知るために、ナオキPがプロデューサーとしてデビューした当初を知るトップアイドル、如月千早さんにインタビューを敢行した。

カメラテストの出会い

−−お忙しいところありがとうございます。さて今日は、千早さんとナオキPとの思い出を語っていただいて、ナオキPの人となりに迫ってみたいと思います。
まず、ナオキPとの出逢いについて、おうかがいしたいのですが……。

如月千早(以下:千早) そうですね、あれは、2007年の春……4月だったと思います。事務所から電話がかかってきて「ナオキPという新進のプロデューサーが、カメラテストしてみたいそうだ。スタジオにすぐ来てくれ」と。聞いたことのない方でしたし、わけも分からず、期待半分、不安半分でしたね。


−−ナオキPの第一印象は?

千早 そうですね……、物腰がとても柔らかな方だな、と。ただ、目に……こういう言い方は生意気かもしれませんが、目に、理知的な鋭い光を感じました。


−−怖かった?

千早 怖いというのとは、ちょっと違うんですよね。青い炎−−、一種独特な強さがある、というのでしょうか。何かやりたいことがあるんだ、と全身で主張しているようでした。でも……。


−−でも?

千早 その……「タイガーメイデン」を渡されて「これで『My Best Friend』を歌って踊れ」と指示されたんです。それは、まあ、いいんですけど、ナオキP、私が通しで歌っている間、じっとモニターを見つめながら「震度1」「観測できた」って、ぶつぶつつぶやいてるんです。何のことだろうと気になってはいたのですが、後日見せられたカメラテストのコメントを読んで……。
ま、まさか、その、揺れるかどうかを確かめたかっただけなんて……。「揺れてホッとした青い炎はこれだったのか」と。

−−ははは(千早がキッとにらむ)……おっと失敬。その2週間後、『アイドルマスター My Best Friend 千早ソロ 震度1』がアップされますね。内容は同じなのですが、画質は格段に向上しています。

千早 カメラテスト後は特に連絡がなくて、「ああ、これで終わりかな」と思っていたら、突然ナオキPから「結構うまくいった」って。驚きましたよ。まさか2週間も、画質を良くするために映像やパラメータとにらめっこしていたなんて。確かに輪郭もくっきりしていますし、ざらつきも消えていました。


−−にらめっこしていたのはちっぱいでしょうパラメータだけじゃないと思いますけれどね。

千早 えっ?


−−あっ、いえ、こっちの話でして……。で、以降、『太陽のジェラシー』『9:02pm』『魔法をかけて!』『THE IDOLM@STER』『ポジティブ!』『おはよう!!朝ご飯』と、矢継ぎ早にリリースされました。今見ても、ナオキPの制作したノーマルPVは、画質がきれいで驚きます。

千早 後で知ったのですが、24fps化したりとか、少しでも高画質化するために、さまざまな努力をされていますよね。一人のキャストとしても尊敬します。

アイドル+アイドルを探せ?

−−そしてついに、2007年5月6日、ナオキPは初のMAD『Irresistiblement』を発表します。もちろん、千早さんのソロで。

当時はまだ、電波ソングとか、いわゆる「神曲」のような、ニコニコ動画向きの曲とダンスを合わせるというのが主流だったと記憶しているのですが、そういった潮流の中、処女作に洋楽のカヴァー、しかも、エキセントリック・オペラを持ってくるというのが、実に挑戦的だと感じます。千早さんはどう受け止めていましたか?

千早 そうですね……。一言でいえば「やりがいのある曲」でしたね。声楽家らしい、きれいな、伸びのある高音に、どうダンスをシンクロさせるか、悩みましたし、スタジオでも試行錯誤しました。


−−また、この作品は千早さんの強さとかわいらしさがよく表現されています。このうち「強さ」はエキセントリック・オペラの曲に、そして「かわいらしさ」は原曲を唄ったシルヴィ・ヴァルタンに重なるという印象を持ちました。特に後者は、曲は違いますが「アイドルを探せ」のシルヴィの見せ方を意識したのではないか、と想像するのですが……。

YouTube アイドルを探せ

千早 そう言っていただけると光栄です。「アイドルを探せ」については、実際はどうなんでしょう? ナオキPにたずねてみたいところですね。


−−2作目は5月12日発表の『Nothing Compares 2 U』。ますますニコニコ動画の主流から離れるような選曲で(笑い)。

このとき、千早さんが涙を流していますね。

千早 あのときは歌っている途中、急にいろんな思い出がよぎって……。NGだな、と思ったのですが、ストップの合図がかからないので、こらえてそのまま歌いました。


−−この作品からですね。ナオキPが映画など実写の映像を重ねるようになったのは。

千早 ええ。もちろん、MADというものが映像と曲をコラージュしているわけですけれど、ナオキPはそれにプラス、実写の映像もコラージュして、映像の意味、あるいは本編の内容をも取り込みながらまったく新しい意味を作り出してしまう−−。
違っていたらごめんなさい、そういった、あり合わせのものから新しいものを生み出す人のことを「ブリコルール」というそうなのですが、ナオキPはまさにブリコルールだな、と思います。


−−今、この作品のタグを見ると「スローの魔術師」なんてものがあります。

千早 映像をスローにするために選曲したのではなく、MADに使いたい曲が先にあって、それと合わせるためにスローにしたのだと思います。ただ、そのことが次の『奇跡の海』でも生かされるんですよね。不思議な巡り合わせだと思います。


−−千早さんがおっしゃいましたが、5月18日、その『奇跡の海』が発表されます。ナオキPは伊織雪歩三部作が有名ですが、実は再生数でいえばこれが現在も最多なんですよね。

千早 それだけ支持いただいているということですし、うれしいですね。


−−この映像で千早さんは、三拍子の曲に合わせて踊っています。これは私の記憶に間違いがなければ、アイマスMADとしては初めての試みだったと記憶しています。

千早 ええ。これまでずっと四拍子や二拍子の曲でしか踊ったことがなかったので、曲を渡されたときは戸惑いました。でも、ナオキPからは「いつも通りでいい。拍ごとに考えず、1小節ごとに合わせればいいから」とアドバイスされて。


−−あまりにも自然すぎて、このすごさがあまり認識されていないような気がします。

千早 ふふ。どうでしょう。


−−千早さんは一歩引いて、「狂言回し」あるいは「語り部」の役割を担っています。それが曲や『グラディエータ−』の映像とぴったりマッチしていて。

千早 特に演技指導とかはなかったんですよ。『蒼い鳥』と同じように踊ればいいから、って。

涙をポロポロこぼした『Fallen Icons』

−−そして『Fallen Icons』。そもそも千早さんにインタビューしているのも、この作品が2周年を迎えるということがきっかけなのですが。

さて、ちょっと聞きにくいことをおうかがいしますと、ナオキPはここまで、一貫して千早さんを起用していたのに、『Fallen Icons』では伊織さんと雪歩さんが起用されて、しかもナオキPにとって、いや、もしかしたらアイマスMAD界にとってもエポック・メイキングな作品となりました。このことについて、千早さんはどうお感じになったのでしょうか。

千早 『Fallen Icons』については、私にはひと言も話がなくて。制作されていることも知りませんでした。5月27日夜に発表され…私が見たのは翌28日だったと思いますが、そのときはポロポロ涙をこぼしましたね。表現された世界観や映像の完成度に対してと、「なぜ私が出演していないんだろう」ということに。


−−悔しかった。

千早 ええ、とっても(笑い)。でも、一視聴者として冷静に考えると、確かに私に声はかからないな、とも。


−−というと?

千早 これもまずは『Fallen Icons』を使いたい、ということから企画は始まったのだと思うのですが、フィーチャリングされたヴォーカル、ジェニファー・マクラーレンの、はかなげでせつなくて、それでいて透明感のある声と、私の、歌に対する「強さ」とは合わないんです。そうすると、一番ぴったりくるのが、ちょうど「girl」と「lady」の境目にいる水瀬さん。
女声がハーモニーを重ねるパートもありますが、私ではやっぱり水瀬さんとぶつかってしまう。高槻さんや亜美、美希では「girl」すぎる。律子やあずささんでは「lady」すぎる。春香や真ではキャラクターの輪郭がはっきりしすぎていて、水瀬さんの前に出てしまう。そうすると、萩原さんがパートナーとなるほかないんです。


−−なるほど。では、気持ちの整理がつくのも早かった?

千早 早いかどうかは分かりませんけれど、このことが理解できてからは『Fallen Icons』の大ファンです(笑い)。


−−では、ファンである千早さんに『Fallen Icons』のことをお伺いしますと、ご覧になられてどんな感想をお持ちになりましたか?

千早 一言でいえば「あ、ナオキPにはこのとき、『何かが降りてきた』んだな」と。


−−降りてきた?

千早 ええ。今になるとよく実感できるのですが、プロデューサーをされている方には、何か−−それは「神」などと呼ばれるものかもしれませんけれど−−が降りてくるときがあるんです。選曲・映像・モーションの選択・エフェクト……。それらが、もちろんある程度は意識されていると思うのですが、そういったところとは別の、ほんのちょっとした、意図しないさじかげんで、絶妙のバランスに仕上がることがあるんです。
『Fallen Icons』も、まさにそれだったのではないでしょうか。


−−なるほど。……今思い浮かんだのは、時雨Pの『Bad Apple!』とか、maszushi氏の『恋せよ女の子』&『恋せよガオガイガー』とか−−。
もともと高い実力を持っていて、まあ、maszushi氏などはすでによく知られたプロデューサーでしたが−−、さらにもう一段、今まで以上に支持される作品ということでしょうか。

千早 そう、まさにそれです。
ところで、今ちょうど名前の挙がったお二方の作品ですが、実は、直前にどちらも私をキャスティングしているんですよ。


−−えっ? ……あ、本当だ。

時雨P

直前の作品

本当の直前の作品

※ただしロゴP作品。とはいえ千早さんは声で出演している。


maszushi氏

直前の作品



−−ナオキP、時雨P、maszushi氏……なぜか3氏とも、「降りてきた」作品の直前に、千早さんをキャスティングしていますね。偶然とは思えません。

千早 偶然でしょう(笑い)。でも、何かプロデューサーの力になれているのなら、うれしいですね。

−−そういえば、ナオキPとのコンビ解消は、maszushi氏とのスキャンダル発覚が原因ではないかという説がありますが。

千早 そ、そんなことは関係ないです。……ないはずです。だ、第一、あれは妄想です!も・う・そ・う!


−−これ以降、ナオキPは伊織さんや雪歩さん、律子さんを中心とした映像制作に移っていき、千早さんとはコンビを解消したようになりましたね。その間、千早さんはどうしていましたか?

千早 え、ええと……(少し困ったような顔になる)、仕事をしなくてはいけませんから、声を掛けられればいろんなプロデューサーの作品に出演しました。でも、プロデューサーの自宅に連れ込まれてエプロン姿で踊らされたり、隠し撮りされた映像を発表されたり、クックロビン音頭を踊らされたり、奇妙な笑い声とともに胸を揉まれたり、……罵倒しても「我々の業界ではご褒美です」とかえって喜ばれてしまったり……それは……それは……つらくて……うっ、ううっ……。(こらえきれずに号泣しはじめる)

−−え? あれっ? 千早さん?

マネージャー 千早!大丈夫か!? −−おいテメェ、ウチの千早に何するんだゴルァァァァァッ!!

千早 えっく、えっく……。

−−えっ、あっ、ちょっと待ってタンマタンマ!僕たちにはまだ話し合う余地が残っていると思うんだ!……ってあ痛っっ痛い痛い!マウントポジションで殴らないでッ!お願いやめてッ!ぶたないでッ!顔はぶたないでくださいッ!!


(つづく?)

(下)は今週末ぐらいに。