幕間

ナオキP、その創作の秘密に迫る −−如月千早さんインタビュー(上) - ヘビ1級タイトルマッチの続き。

顔だけはやめてと半泣きで懇願したにもかかわらずナオキPの如月千早さんのマネジャーは主に顔まわり中心に頭頂部から膝下までまんべんなく僕を殴りあるいは蹴り続け、したがって僕はまんべんなく殴られ蹴られ続けて顔はミシュランマンのように腫れ上がり千早さんは泣き続け、いずれにしろインタビューを続行できるような状態ではないので僕は控え室に引き返し鼻にティッシュを詰め、よく冷えた500mlのペットボトルをほほに押し当ててソファに横たわっていると、「コンコン」とノックの音。
「どう゛ぞ(どうぞ)」起きあがる気力もなく、寝っ転がったままの非礼を心でわびつつ招き入れると、入ってきたのはナオキPの秋月律子さんだった。
そうだ、僕はナオキPの千早さんをインタビューした後、もう一人のキーパーソン、ナオキPの律子さんにも話を聞いてナオキPという人物像を浮き彫りにしようと考え、同じ場所で待ち合わせていたのだ。

「大丈夫…ですか?」律子さんのめがねの奥の、理知的な瞳に心配そうな色が浮かぶ。
「ふぁいひょうふ、へふ(大丈夫、です)」どう考えても大丈夫じゃないが、ほかに言いようがない。舌にほのかな血の味を感じる。
「千早にとってあのころの記憶は、思い出したくないことなんです」ついさっき身をもって知った。「だから許してあげてください」。
僕にも非があったのだ。許すもなにも、そんなことは自明の理だと思い無言でいると、律子さんはちょっと遠慮がちに口を開いた。
「あの…、もしよければ、後半は私が代わりになって、千早にインタビューしましょうか?」
「へっ?(えっ?)」
「いえ、あの…、インタビューの目的は、千早と私を通してナオキPの人となりを知るってことですよね。だったら、私と千早でナオキPについて、対談っぽく話したら、それでも目的は達成できるんじゃないかと思って。それに、その顔じゃインタビューなんて無理でしょう?」
「うーん…(うーん…)」
正直ありがたい申し出だ。僕がインタビューするよりも、同世代の律子さんと千早さんで日常会話のように話し合ってもらった方が、二人から面白い話が出てくるのではないか。しかし、やっぱり僕自身で直接尋ねてみたいこともある。その方向に話が転がってくれるとも限らないし、そもそもインタビュアーとして、それでいいのだろうか?
YESの返事を期待する強い目線を感じながら、なおも逡巡する僕。…いや、やはり律子さんに任せてしまうのは筋が違う気がする。僕は僕自身で始末をつけなくてはいけない。僕は寝っ転がったまま律子さんに向き直る。
「りふほさん、ありはとうほはいまふ。へも、ほふはひんはふーをふづけなくひゃいへない(律子さん、ありがとうございます。でも、僕はインタビューを続けなくちゃいけない)」そう告げて起きあがろうとする。が…、
「ダメッ!」思いがけず鋭い声に僕は動きが止まる。「…ダメよ。無茶よ。無理なのよ。その体では、あなたが壊れてしまうわ」
僕の体はそんなに悪いのだろうか?そうかもしれないし、そうでないかもしれない。だが、為すべき事を為さなくてはならない、そんなときもあるのだ。
「ほろほろいかなくひゃ(そろそろ行かなくちゃ)」
再び起きあがろうとする僕。が、律子さんは僕の両肩を掴み、全体重を預けて強引にソファへと押し戻した。その弾みで律子さんの体と僕が重なる。ソファが控えめに抗議の音を立てる。
「お願い!……寝ていて。……あなたを失いたくないの……だって……だって……あなたのことが!」
律子さんの瞳が光にゆがんでいる。僕を押さえつけていた両手が急速に力を失う。おさげの髪が、僕の鼻先をかすめて、振り子になって、ほほをたたく。

夏の匂いがした。